真新しい装いと迎える春

新しい季節の訪れと共に重厚な冬のサイクリングウエアを脱ぎ捨て、久しぶりに薄く、軽やかな春のアイテムに袖を通す。その特別な瞬間は、これから始まる新たなシーズンの期待と希望に満ちあふれ、自然と背筋が伸びて心が正されるような気持ちになります。真新しいウエアを纏うともなれば、いっそう気分が高揚するものです——。

いつもより足早に春が訪れた2021年の東京。都内では桜が咲き誇る3月終盤、私達は北海道からの友人を迎えて、雪解けの北陸・富山へ3日間のライドへと旅立ちました。Pas Normal Studiosの新しい春夏コレクションに身を包み、海と山、変化に富んだこの美しいロケーションで春の訪れを楽しむのです。

まだ雪残る山間の
小さな合掌集落へ

初日は雨が止むのを待って昼前にペダルを漕ぎ始めます。頬を伝う空気は春風と呼ぶにはまだ少し遠く、薄手の長袖ジャージやジレを纏います。しかしながら私達の心は、これから始まる旅路への期待から熱気にあふれています。庄川沿いの自転車道で軽快にペダルを踏み始めれば体は自然に温かくなり、次第に空からは陽も注がれるようになり、富山県西部・南砺市の山間部へと入って行くには準備万端です。

庄川といったん別れを告げ、利賀川沿いの山岳ルートを上って行きます。いくつものスノーシェッドをくぐりながら進む道は、この地の冬の雪深さを表しています。遠くに見える山々には雪がまだ残り、その景色を見ながら進むルートは、パリ〜ニースやジロ・デ・イタリアの山岳区間のような景色に感じられます。私達はその美しいひと時に魅了されながら上って行きます。この日に撮影した残雪の山々を背景にした写真は、まさにその美しい瞬間を切り取った最高の一枚と言えるでしょう。

人里を離れた山道は、都心のようにクルマの往来に神経を尖らすこともなく、心穏やかにのんびりと進むことができます。私達はトレーニングのようにペダリングパワーを気にすることもなく、気の向くままのペースで談笑しながら、時に美しい景色にペダルを止め、気になるグラベルがあれば、ほんの少しだけ足を踏み入れてみる。何にもとらわれることなく心と体を解放してペダルを踏む自由な時間は、サイクリングという不偏にして究極の自転車遊びなのです。

利賀川から別れて再び庄川に出会うと、今日の目的地である五箇山の合掌集落はもう間近です。最後にひと山を上ると景色は開け、世界遺産にもなる合掌造りの家々が並ぶ集落が目に入ります。山間の小さな集落の周囲にはまだ雪が残り、本格的な観光シーズンの前とあって集落はまだひっそりとしています。それが郷愁ある景色をよりいっそう引き立てるのです。私達はこの集落のひと棟に投宿し、川魚や山菜といった滋味に富む山の恵みを堪能し、都会の喧噪とかけ離れた静寂の時間を過ごしました。床に滑り込み目を閉じると今日の素晴らしい体験が回想されます。こうして幸せな気持ちに満たされながら深い眠りにつくのです——。

うららかな春の日差しを受けて
山から海へ

雪残る山間の朝は、凍るような冷たい空気で覆われます。しかし心と体が引き締まり清々しい気持ちにさせてくれます。この日は私達を朝から太陽が迎えてくれました。明るい日差しの中で春の装いが映えそうです。今日は山を下り、能登半島の根元を目指します。

6人のライダーは思い思いのコーディネートのウエアに身を包みます。Pas Normal Studiosの魅力はクリーンにしてミニマルなフォルムとグラフィックにありますが、それはジャージとショーツとのカラーコーディネートの妙によりさらなる輝きを放ちます。毎シーズン、各アイテム、各種のカラーを展開していますが、2021のSSコレクションは色数もより多く、コーディネートの楽しみはいっそう広がります。また、春の間もない頃はジレなどを羽織るため、3つのアイテムのコーディネートの思案を巡らせるのも贅沢な時間となります。コーディネートは時に迷うこともありますが、それに正解はないのです。ライダーの数だけスタイルがあり、その人なりの感性や個性が発揮されるのです。他人のコーディネートにインスパイアを受けて、新鮮な驚きとともに次回のアイディアに繋げることも多々あります。

今回、女性ライダーの一人は、PetroleumのジャージにPurpleのジレ、Dark Redのビブショーツというを感じさせるトーンでまとめており、その装いは合掌集落や栃南の山間部の景色に絶妙に溶け込んでいました。こうして走りに行く先をイメージしてコーディネートを考えるというのも、また一つの楽しみとするのもいいでしょう。

昨日とはルートを変えて庄川に沿いながら下流へと進みます。雪解け水を抱き水量の多い庄川は、春の日差しを浴びてエメラルドグリーンに輝いています。時に美しい水面に見とれながら、私達は快調なペースで山道を下ります。時間が経つと共に気温は上がり、下界に戻る頃には半袖ジャージ、ビブショーツ1枚でも走れるほどの陽気になっていました。WhiteやDusty Rose、Dusty Blueなど、この春の装いが本格的に輝きを放っています——。

春の天気は変わりやすいと言いますが、私達が羽咋市の千里浜なぎさドライブウェイに着く頃には、陽の光はその輝きを弱めてしまいました。しかし目の前に広がる広大な日本海と延々と続く千里浜の姿に圧倒されます。ささやかな日差しに輝く水面は上品な様を見せ、茶色の砂浜との淡いコントラストが美しく思えます。

一般的な砂浜よりも路面の状態が硬い千里浜はロードバイクでも走る事はできますが、少し気を抜くとあっという間に転倒してしまいます。案の定、砂の影響によってペダルが外れなくなり転倒をする者も出ましたが、笑い飛ばせるほどの程度で大事には至りません。しばしの砂浜との戯れを楽しんだ後、今日の目的地である能登半島の東側、富山湾に程近い七尾市花園町にある宿へとペダルを踏みました。

少し小高い田園風景の中にぽつんと一軒建つ宿は新築されたばかりで、和モダンの設えが素敵です。目の前の一面の田園の先には、富山湾と雄大な立山連峰がそびえるというこの上のない贅沢なロケーションです。この日は、雪を頂いた立山連峰が洋上に浮かび上がっているかのような幻想的な景色が広がっていました。

夕食は屋外でのバーベキューを楽しみ、その後、薪ストーブで焚いた暖かな屋内で酒を酌み交わしながらの会話に華が咲きます。楽しい語らいは時を忘れさせ、気が付けば夜更けが近づいています。130㎞あまりを走った疲労感と満足感、ほろ酔いの心地よさに包まれながら、目を閉じるとつかの間に夢の中へ落ちて行きます——。

育まれた
走りのシンクロニシティ

2日間のライドで鉛のように重くなった体をベッドから起こし、目に入ってきた空には灰色の雲が垂れ込めています。立山連峰は雲に包まれ、その姿は微かながらに確認することができます。私達が走り出す頃には空は泣きだし、富山湾に沿って起点だった高岡市へと戻る最終日の多くの時間は、雨中のライドになりました。

しかしながら私達の走りは勢いを失うことなく、むしろその勢いは増しました。ペースを維持できるライダーがスムーズな先頭交代を繰り返し、スピードを落とすことなく進んで行きます。互いの脚力の違いを理解し、それぞれが効率的にパワーを発揮できるような隊列とペースを形成しているのです。「先頭交代のシンクロ感たまらないですね」と女性の一人が口にします。私達は3日間のライドを通じて互いの脚力や走り方への理解を深め、あうんの呼吸で心地良い走りを生み出すシンクロニシティを共有できるようになったのです。

グループライドの醍醐味は喜びや辛い感情を分かちあえることです。その時間を素晴らしいものにするには、互いの脚力や価値観を理解しリスペクトとすることが欠かせません。真新しいPas Normal Studiosのウエアを纏い、北陸・富山の美しいロケーションを巡った3日間は、それだけでも素晴らしいものですが、共にペダルを踏むこの素敵な仲間がいたからこそ、さらに特別な時間になったのだと——。

庄川の河口から遡る川沿いの道を進む頃には雨も上がり、夢のような時間はまもなく終わりを告げます。ペダリングのひと踏みひと踏みが愛おしくなります。素晴らしい3日間を振り返りつつ、この仲間に出会えたことに感謝し、そしてまた近い将来再びライドを彼らとこの場所でできることを願いつつ、この素敵な3日間の旅は終わりを迎えました。

Pas Normal Studiosを纏う意味と価値

サイクリングウエアを選ぶという行為は、単に機能性やファッション性を求めるだけでなく、サイクリストとしてのアイデンティティを表現する重要な側面を持ってい
ます。つまりPas Normal Studiosを選んだサイクリストの間には、ロードライディングへの共通の美学や情熱が存在しているのです。今回、3日間という短い旅でありながらシンクロニシティを感じることができたのは、同じウエアを好む仲間だからこそなのです。

Pas Normal StudiosのウエアにはInternational cycling clubと記されています。そのメッセージは、このウエアを選ぶことで生まれる共通の価値観によって、ロードライディングへの情熱をシェアできるサイクリング仲間の大切さを意味しているのです。Pas Normal Studiosを纏うことは、同じ価値観を持つサイクリストに巡り会える近道なのです。今回の旅では、サイクルウエアが持つ力、そしてPas Normal Studiosを纏う魅力と意味を改めて気付かされた3日間でもありました——。

文:吉本 司/写真:劉 通